てんてん転校生

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環境を変えて新しいイチロー

そういえば
イチロー選手が移籍しましたね
私たちがアメリカに居るとき
ちょうどイチロー選手がマリナーズに入団して
話題になりました
その頃息子くんは
走るのが速いということが人として一番素晴らしいと思っていて
イチロー選手は尊敬する存在でしたね
エレメンタリースクールでのランニング(マイルラン)の計測には力が入っていました
この服は速く走れるんだ~と服を選んでいました
普通は靴を選びますよね
息子くんらしい思い込みです
意味もなくその辺りを走ってみたり
風を切って走るのが嬉しくて仕方ないって
いつの時代の子供だ?!
って思いますね
懐かしく思い出しました
環境を変えて
自分がどれくらいできるか挑戦してみたいって
軽く聞こえる言葉ですが
実際にはとても大変だと思います
言葉も文化も感覚も道具も違う
小さなことから
違うと言えば
すべて違うように思えます
ちょいとコンビニで買うお菓子がないとか
ふふっと笑えるCMが見られないとか
そんな些細なことも響いてきてしまうときもあります
海外では
日本で積み上げた信用や功績
日本で持っている肩書や家柄
何の意味も持ちません
使えるカードは自分が持っている素の力
性格だったり
能力だったり
親から教わったこと
それくらいです
それはとても大変ですが
頑張っている私たちをちゃんと見ていてくれる人がいて
助けてくれたり
応援してくれたり
そしてひとつ乗り越えると
自信になります
とても嬉しい
こういう思いをしてみるもんだななんて思いました
ただ生活しているだけの私がそう思うくらいですから
仕事などで
何か成し遂げる喜びは本当に大きいだろうと想像します
それでも
じゃぁ、もう一度やってみたいかというと
もうしんどいかな~
もういいよ~
って感じです
慣れた町で
よく知っている人々に囲まれて
きつい思いはなるべくせずに
暮らしていたいと思いますよ
やっぱり
年齢かな?
11年
馴染んだチームを離れて
新しい環境での挑戦
その覚悟は簡単じゃないだろうな~って思います
そして
引越しもね
大変ですよね
西海岸と東海岸では全く違う国です
とても興味本位ではありますが
見守っています

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-30 17:00

男「ヤマトタケル」

先日
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」を観に行きました
市川猿翁、猿之助、中車の襲名披露
團子の初舞台
という話題の舞台です
俳優の香川照之さんが歌舞伎界へ
というのは
とてもセンセーショナルでした
歌舞伎といえば
その家に生まれた者が
幼い頃から
ある意味生まれたときから
歌舞伎と向き合い
鍛錬して
受け継ぐもの
古典芸能と呼ばれるものです
俳優という世界で積み上げたものがあるからこそ
別世界への挑戦はとても大変だと思います
口上を聞くと
並みの決意ではないなぁ~と思うのと同時に
誰かが
これは歌舞伎ではないと言ってしまったら
歌舞伎ではなくなってしまう
というような危うさも感じてしまいます
NHKの番組で市川海老蔵さんが
歌舞伎とは何ぞや・・・といえば
「これが歌舞伎」というものも確かにあるけれど
どこまでも歌舞伎だという部分もあって
難しいところだ
みたいなことをおっしゃっていました
歌舞伎の幅みたいなことなのかなと思いました
実際
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」は現代語です
テンポも展開も早く
舞台の仕掛けや演出も派手で
飽きることがありません
どこか歌舞伎の決まりごとを押さえているのでしょうが
知識のない私には分からないわけです
けれど
分かりやすく
楽しめるのです
そういう意味では
中車さんは役者としての雰囲気や立ち姿が流石でした
ヤマトタケルは父の怒りをかい、疎まれ
過酷な征伐を命じられます
父にひとこと「よくやった」と言ってもらいたい
その気持ちは切ないです
そして大和への帰途で深手を負い、命尽きます
結局ヤマトタケルの息子が日嗣の皇子になるのですが
「お父様が帝にならなかったのなら、私も帝にはなりたくありません」
「お父様の思いはあなたの中にも流れています」
というやりとりがあります
猿翁、中車、團子の関係と重なります
この襲名披露のための演目だというようなものでした
親の都合で環境が変わり
自分のためでもあるだろうけれど
自分の子供のため
そして
もっと大きなもののため
自ら違う環境へ行く
それは
父と息子を繋ぐ血なのか
猿之助という名前なのか
歌舞伎なのか・・・
それにしても
ああ男の道なんだな
と思います
とにかく
ヤマトタケルのように
過酷な戦いに打ち勝っていただきたいと思いました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-29 23:07

モダンタイムス

「モダンタイムス」
 伊坂幸太郎

c0199869_0482751.jpg


ネットで検索すると監視される
独裁者がいるというわけではなく
そういうシステムになっている
だから
そういうことになる
みんな一部に組み込まれている
だから仕方ない
流されてしまう
諦めてしまう
世界を変えたい
良い世界にしたいと思っても
人ひとりなんて無力だ
と話が始まって
話が進んで
そして何度も繰り返されるのです
システム
仕方ない
勇気はあるか

登場人物はウンザリします
読んでいると
私も同じ心境になります
ウンザリ
憂鬱
無力感
虚無感
諦め
大きな流れに飲み込まれて・・・
でも
人間を動かすのは
本当に動かすのは
真摯な思いから成される行動や
内側から湧き出る、心からの言葉
欲や見栄のない小さな勇気だったりなのです
たいていは大勢に影響を与えることなんてできない
自分という人間は小さい
能力なんてない
それでも
どこかの誰か、一人に大事な思いを届けたい
そんな小さな気持ちが人間の希望
それがどんなに明るいものであるか
そして
自分は弱虫で
身近な人を助けられなくても
大切な家族が痛みを感じていたら
その痛みを与えるものに怒りを感じる
そして助けたいと思う
他のものは大したことではなくなる
それが勇気でもある
と思いました
作中に
「人間は大きな目的のために生きているのではない
 もっと小さな目的のために生きている」
という台詞が出てきます
何だかとてもスッキリしたんですよ
感動的でした
私たちは
国だとか
未来だとか
世の中だとか
教育だとか
学校だとか
そんな大きなものを見つめて
それを目的に生きるものではないですね
もちろん目先のことばかりではダメで
目標とか
志とか
必要でしょうが
お子たちが笑顔でいるように
周囲の人たちが笑顔でいるよう
そんな願いを目的にできたらいいな
と思いました
そう
勇気はあるか?
と聞かれて
いつも心の中で
「家に置き忘れてきました」
とつぶやいていた人が
「彼女が持っています、私がなくさないように」
なんて言います
そういうことなんだな
と思います

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-21 00:44

力と逃げ道

いじめ自殺問題
毎日やっていますね
何なんでしょう?
流行のように
あっちこっちの問題を取り上げるようになっています
こういうのって
パ~ッと騒いで
その後はもう飽きてしまうんじゃないんでしょうか?
もうすでに最初のいじめ問題からずれているようにも思います
怖いことです
うちのお子たちも、てんてん転校生でしたし
帰国子女でしたし
やっぱりイヤなことがいっぱいありましたし
他にも攻撃の対象になっている同級生もいました
学校や先生たちの本能は
テレビで出てくる姿そのままで
あ~やっぱりこういうものかぁ。。。
などと思います
うちのお子たちは
くだらないことだから
学校も先生もいじめっこともかかわらないよう放っておく
なんて言っていました
そして
卒業と共に過去のことになって
心の中を過ぎ去ってしまっているので
何か改善するとか
何か貢献するとか
ないんです
生徒は代変わりしていくし
先生も転勤で変わっていくし
何も変わらないんですよね
その場で
その関係者の中で
何とかしなければ意味がなくなってしまいます
なのに
責任ばかりを問い
騒いでいるだけ
誰かの所為にしたら終わるでしょうか
責め立て始めたら、逃げるだけ
迷宮への入り方です
そして時間切れで卒業です
うちの息子くんは
アメリカのの小学校で
鉛筆で足を刺されました
そんなことを言うと惨状を思い浮かべます
家に帰って来た息子くんから話を聞いてびっくりです
翌日先生に
日常的にこういうことがあるかも知れない・・・と心配なんですけど・・・
と話しに行きました
というか
そう英語で伝えたつもりです
分かってもらえる英語だったかどうだか・・・
そこは定かではないのですが
先生がおっしゃったのは
「その生徒はもう罰を受けました」
でした
ちゃんとペナルティを与えられたのだから
それ以上に何度も怒られるべきではない
他の人からさらに責められるべきではない

私の英語力でそう聞き取りました
へ~良い答えだなぁ~
と思ったんです
どんなペナルティかは聞きませんでした
そこには興味なかったのでしょうね

その場で
悪いことは悪いと怒られるってことが大事で
その後引きずってはいけない
お互いに
母親の私にも
きちっとその場で説明してくれた
そこが大事だな
ほ~
と思ったわけです
もちろん小学生と中学生では大きく違います
中学校ってちょっと厄介なんですよね
自立をうたっていますからね
子供も何でもかんでも親に話したりしなくなります
ただ大人が察するしかないでしょうね
大人力
私はへなちょこですから
何とか頑張らねば~って思っていました
子供には強くなって欲しいけれど
逃げ道を作っておいてあげなければ
追い詰められてしまう
その匙加減が難しくて
分からない
そして
たぶん大人だって
力がないといけません
良い大人でいなければなりません
それでも心を休めるところ
相談できるところ
逃げ道も作っておかなければ
追い詰められてしまうでしょう
教育委員会とか文科省ではなくて
専門家の門戸を叩けるところ
逆に
アルバイトやインターン、教育実習生、
プロじゃなくても
学校以外に逃げ道
責任の行方より
他に必要なものを探して欲しいな。。。

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-19 23:39

同窓会と仕事と母

友人が慌てて電話してきました
同窓会のホームページで
自分が仕事と並行してやっている震災復興活動を紹介してもらうことになったのだが
不手際と連絡ミスで
ちょっともめてしまったと
落ち込みましてね
友人は人に頼らず
弱音を吐かず
才能と才覚を生かしてずっと仕事
会社を運営するほどの女性です
残念ながら
結婚はうまくいきませんでしたが
ひとり娘を愛情たっぷり育てながらの
バリバリ仕事人間
子供が入院したり
中学受験しようとしたころに転勤
いろいろありましたが
母と娘二人力を合わせて
本当によく頑張るな~って思います

年齢もくって
体調も崩していたし
忙しいし
一人で抱え過ぎると
さすがにミスもしますね
同窓会の会長が私のよく知る先輩だったし
役員に同じ学年の仲良しもいるから
ちょっと電話入れました
そのとき
私が知り合いだからってことだけではなく
「みんな一同窓生。上や下はないから、気を遣わなくてもいいのよ。
 同じ学校の卒業生が良いことをがんばっていたら、応援したいし
 困っている人がいたら相談できる場所であるように
 いろいろとお手伝いするだけよ・・・」
とおっしゃっていました
てんてんしていると
忘れていました
故郷への愛着とか母校への繋がり
私は同窓会なんてほとんど行ったことがないんですよ
いつもどこか遠くの街にいましたから
同じ学年の仲良しさんたちやお世話になった先生となら
連絡をとっていますが
先輩や後輩のことを思いやったりなんて
したことがないです
なので
ちょっと感動しました
私たちには帰るところがあるんだな
ってね
友人も人に頼らず
一人で頑張ってきて
社会の厳しさの中で戦ってきたんですね
そう感じました
弱みを見せたら終わり
ミスしたら大損害
失敗したら命取り・・・みたいな
だから
あんなに慌てて
あんなにあせって電話してきたんだな。。。
と思いました
そういえば
てんてんしているときに
お子たちのそれぞれの学校でクラス役員ってやるんですよ
転校するたびに
「役員をやると学校のことがよく分かるし
 お友だちも出来ますよ~」
なんて、ほぼ強制的に引き受けさせられるんですよ
幼稚園、小学校、中学校、全部でやりましたよ
娘ちゃん、息子くんのふたりなので
×2です
特にメリットなんてありませんでしたが
転校生にはついて回るものだと諦めておりました
なんとか無難に終えるよう心掛けて
でも
たいてい何かもめごとがあるんですよね
母親同士で
たかがボランティアのクラス役員なのに。。。
権力を持ちたがる人
思うとおりに動かしたい人
手際よくやりたい人
いろいろなお母様方がいらっしゃるものです
へ~
なんてもの珍しく思ったものです
長野県出身の元教師なんて方何人かとご一緒しましたが
主義主張がはっきりとしていて
政治家のようでした
根回しをする方が巻頭には多かったですね
私の年齢より下の人は仕事をしている方も多く
とてもドライです
趣旨をちゃんとまとめて、きちっと期日までに仕上げるんです
仕事している人はやっぱり違うな~
と感心する次第です
私より年上の方は専業主婦が多く
とてもボランティア感が強いのですが
井戸端会議の体でもあったりして
若い人たちは余計な話してないで
さっさと決めないさいよ~と顔で言っています
これまた
ジェネレーションギャップともいいますが
環境の違いというか
意識の違いというか
とにかく違うんですよね
友人が完璧にこなそうとしているのも
先輩が甘えてもいいのよ~という態度であるのも
どちらが正解というわけではなくて
良いところが双方にあります
同窓会のことで
そんなことを思い出しました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-18 14:55

川の流れのように。。。

「魔王」
 伊坂幸太郎
を読みました

この国の人間(日本人)は
怒り続けたり、反対し続けることが苦手なんだ

って
魔王」に収録されている「呼吸」
 の中に出てくる台詞です
初回は大騒ぎ
それが一度通過すると
二度目以降は、途端にトーンが下がる
消費税導入
自衛隊のPKO派遣
住基ネット
海外での人質事件
原発
フロンガス
温暖化
拉致問題
公共事業
公務員宿舎
基地
復興支援
領土
生活保護手当
いじめ
などなど・・・
話題になって
流行のように盛り上がって
次にのっぴきならない問題が起きるまで
どんどん後ろに追いやって
薄れて行ってしまう
年度が変わるとリセットできてしまう
忘れちゃいけない
風化させちゃいけない
と言いつつ
次へ次へと移っていきますね
大きな流れに流されてしまうのです
一年に一度種を撒いて、収穫して、終わり
農耕民族の気質でなのか
水に囲まれて暮らすと
流れに逆らわず流れるものだと思っているのか
確かにそうですよね
流行やブーム
いまが旬というものにみんなで飛びついたりしますよね
みんなが同じような髪形で同じような服を着ていたり
サッカーの国際試合のあとはスクランブル交差点に人の波
韓流なんて言葉自体に流れが入っているし
AKBとか似たような集団がわ~って
社会問題はみんなが一斉に非難して
ど~っと流されてしまう
それが一部の人によって作られたような
誰かの力や意志を感じて
違和感があるけれど
逆らうことは出来ず
諦めて流されてしまう
ちょっと怖いなと思いました
もちろん
怒り続けるのが得意な民族
反対し続けるのが好きな国民
というのもありますが
やはりそれを素晴らしいとは思っていないのです
気持ちは分かるけど
もういいんじゃない?
引きずらない方が・・・
なんて言うのもよく聞きますね
そういえば
そういうキャラなのよ~ごめんなさ~い
私のアメリカ人はそういう台詞を口にする人多かったかな
だからそうさせてくれ
ってね
結構それでみんな受け入れたりします
それじゃぁ仕方ないね
って
あれは個人個人と主張する国だと思っていたので
驚きましたね
小さいことなら付き合ってあげるんですよ
日本でそんなこと言ったら
ボコボコにされそうですよね
そういう発言自体が生意気~って嫌われそうです
しっかり考えよう
心して生きて行こう
覚悟して
腹をくくって・・・
と何度も思うのですが
私も日々流れております
海外にいるときには
何とか自分の力で立っていられたように思いますが
忘れてしまいがちです

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-17 01:01

大人に失望する子供たち

中学生自殺事件の学校や教育委員会の対応について
毎日のように報道されていましたね
とても日本っぽいと思ってしまう自分にも驚きますが
子供たちも
どこかそうなんじゃないかな
先生ってなにもしてくれないよ
大人ってズルい
よくあることだよ
やっぱりね
って
言っている姿が想像できますね
先生が黙っている
親が見て見ぬふり
大人が何もしない
というのは
子供たちにとってはGOサインなんですよ
そのままやりなさい
許容範囲です・・・
みたいな意味になってしまいます
そして
子供たちは見ているんですよ
大人がどれほどのものか
特に中学生頃になるとね
大人が都合の悪いことでどういう行動をするのか
試しているような気がします
それがある意味力への反抗心のようなものじゃないかと思います
でも
中学生なんて
まだまだお子ちゃまなので
大人の力を利用して
自分が楽で、得であれば
それで良いと判断してみたりするので
困ったもので
高校生になると
ちゃんと見極められるようにもなって
もっと落ち着いてきますね
この扱いにくい中学生という年代
今に始まったことじゃないのに
いつまでたっても
相変わらず
いじめや自殺の問題が繰り返されています
私もお子たちが中学生の時に
いろいろありましたが
先生方は
そういった深いところに向かわないように
制服のスカートが短いとか
カラーシャツを中に着てはいけないとか
化粧をしないとか
腰パン禁止とか
生徒たちと綱引きをしていました
勝負がつかないように
加減しながら
延々と続ける
そのうち受験が近づくと
自然に静かになる
そのための引き延ばしです
くだらない。。。
って
思っちゃいましたね
アメリカに住んでいるときは
身体に触れるとか触れないとか
傷ついたとか
怪我をしたとか
何を言った、言わないとか
副校長のところへ行って
両者の言い分を聞きます
後からじゃダメ
その場で言うことが大事でした
肌の色も言葉も違う
人種問題や養育の責任問題には敏感です
いじめはただのいじめじゃなく
ヘイトクライム
大きな問題になります
ちょっと見かけただけでも
警察に通報があったりします
誤解や間違いがあったとしても
それがはっきりすればそれで良い
周囲の人も心地良く暮らす権利があるわけで
さらには
通報しないことや無視することも
犯罪に加担していることになります
大人は子供を守る義務があり
権利があります
自分を守る権利も保障されている
例えば
敷地内に人が入って来て
来るなと言っても、向かってくる人に発砲しても良い
という法律は
私たちの住んでいた州にはありました
9.11のテロのあとには
背中を向けていても発砲して良い
に変わりましたし
子供が犯罪に巻き込まれそうなとき
加害者をなぐり殺しても罪には問われない・・・とかも
慣れない私はそんなニュースを聞いて驚きました
所変われば判断が違うものですね
今でも
それが良いのかどうか
はっきりとは言い切れないですが
日本のように
やった者勝ち
言った者勝ち
亡くなった被害者よりも未成年の加害者優遇
という社会は
本当に恐いな~と思います
アンタッチャブル
無法地帯だよ日本は
って
うちのお子たちは中学生の時に言っていました
どんどん失望していくのが見えました
私もとてもがっかりしました
今も変わらないんですね
私たちはその時期を通り過ぎてしまいましたが
自分の大切なものを守る手段
戦い方を考えなければなりません
子供たちには明るい未来
正しいことをやって報われる社会にしたいです
そんなことを思いました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-09 23:02

憂鬱を抱きしめて歩く時間

そういえば
甥っ子が就職しまして
この春から働いております
ずいぶん長い間大学に行ってました
どうするんだろう?
卒業できるんだろうか?
などと思っていました
彼は勉強を
ゲームをクリアしてステージを進むかのようにやっていました
難関校を中学受験して
大学受験だけを考えて進みました
学校も勉強勉強のスパルタ教育
競争競争の毎日
それでも楽しんでやっていたと思います
彼にとってはゲームですからね
それでやっていければ
それはそれでいいのかも知れません
パパさんはそのタイプなんですよ
人生や意味やいろいろ考えちゃいかんのよ
特に理系はね~
って
言っていました
でも希望通りに進めるとは限りません
つまずいたり
失敗することもあります
それをどのように受け入れるか
そういったことはありますよね
そして20歳くらいになると
急に人生をリアルに感じるようになります
自分で決めなければいけないこと
自分でやらなければいけないこと
どんどん増えます
そこから
社会へ押し出されてしまう感をもつんですよね
でも
そもそもこれで良かったのか?
流されてきてしまったんじゃないか?
誰かのために何かできる人間だろうか?
今の自分は
以前自分が思い描いていた自分なんだろうか?
違うならどう修正すればいいんだろう?
何かになりたいとか
やりたいことはなくても
くだらない大人にだけはなりたくない
どうすればいいんだ?
ってね
思った通りに順調に進んで行ける人なんて限られています
その思い通りにいかない人生に
いろいろ考えるようになります
私はそうでした
結構長い間考えていましたね
思い出したくもないような憂鬱な思いに浸っていました
だから20代には戻りたくないです
考えた方が良いときと
考えずに進んだときがあります
それさえも間違っていたような気がします
それでも
今は
良かったと思っています
というか
各々に
いつか人生のどこかで
答えを求めて
心が渇いて、渇いて、苦しい思いを抱える時間があるんじゃないかと思います
そして
いつか人生のどこかで
あの答えはもしかしたら・・・
違うかも・・・と
何かに思い当る日が来たりします
甥っ子もそういう時間を持ったのかも知れません
ゲーム感覚で勉強して進むだけだった彼が
立ち止まって
心を育てたとしたら
良いな
と思います
それを見守っている兄夫婦も偉いと思いました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-07-08 00:18