てんてん転校生

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自分を悟ること

言い間違いとか
勘違いとか
思い違いとか
そういうのが絶えない我が家ですが
学年が進むと
本当
笑えなくなります
不安になったり
心配したりするようになります
落ち込んだりします
そんな中
知り合いに言われて
あまりに的を射てて
腑に落ちて
ショックだったことがあります
それは
「言い間違い、勘違い、思い違いを面白いと思っているうちは
 子供は変わらないわよ」
です
どこかで許してしまっているから
子供もそれで良いと思うんだ
というわけです
親の教育が悪いということですかね
親の所為ということですかね
衝撃的でした
さて
それでその後どうなったか・・・

そのままです
面白いと思ったら
どんなに我慢しても
笑ってしまいますから。。。
そして
厳しく否定して
矯正することかな?
とも思いまして。。。
それで良いのか、悪かったのかは分かりませんが
ただ
自分は子供たちを良い子たちだと思っていることを悟りました
それ以上何を望むんだ~
欲張りすぎだ~
と思いました
そこから一歩ずつやっていけば良いんじゃないか
と確認しました
よくよく考えてみると
生まれたときから
お子たちはしっかり人格を持っていて
ずっと変わってはいないんです
少しずつ表現の仕方が違ってくるだけです
親が与えたものはあまりないんですよね
大切なものは
すでに自分で知っていたり、持っていたか
または自分で学んでいくのです
お子たちが高校生にもなると
そんな風に思います
親が思ったようには動かないし
望んだようにはならないものです
ただ
どういう性格で
どんなことを良いと思っているのか
なにが嫌なのか
どういうことが好きなのか
どうしたいのか
特質を冷静に理解してあげるしかないと思います
そして
本人も冷静に自分のことを見られるように
どんな自分になりたいか
どんな自分になるかは
自分にしかできない仕事です
ちょとずつ努力できるなら立派じゃないですか
それはだれかと比べても仕方ないじゃないですか
そう思ったので
ただ見守ってきました
何か求めて来るのを待っていました
「親」というのは
「木」の上に「立」って
子供が帰って来る遠くを「見」るものだ
って
私が小学生のときの昭和の先生がおっしゃいました
それを見習って
でも
待つというのはとても大変ですね
結果
未だ、ほとんど何も求められていませんが
娘ちゃんは志望大学へ
息子くんも志望高校へ
進学しました
先輩ママが教えてくれたように
大学入試も高校入試も
カタカナの書き取りはなかったし
きちっと努力した分は点数になりました
相変わらず
言い間違いや勘違い、思い違いに加えて覚え間違いも甚だしく
「主に」(おもに)を「あるじに」とはっきりくっきり言ってみたり
祖母が「ずっと大事にしてね」と真珠をくれたときには
なぜだか
「毎日餌をやるの?」
と心配してみたり
親なら誰でも知りたくないような
真っ青になる話題には事欠かない我が家です
就活ではさすがにバレてしまうかも知れません
ちゃんと訂正してあげますが
またまた気を揉むばかりです
それはまた母の仕事ですかね

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-29 23:13

捨てる神と拾う神

言葉が遅れ気味だと
バカに思われがちです
お子たち二人とも
真面目にやるタイプなので
国語のテストは80点台90点台をとるし
提出物もきちっと出す
ミニテストも頑張っていましたが
成績では「3」しかつけてもらえませんでした
理解力
読解力
語彙・知識
表現力
そういった項目に分けて成績をつける先生だったので
うちのお子たちは
どんなに頑張っても「3」しかつかない仕組みです
これはキツかった~
頑張っているね
なんて
ひと言でも声をかけてくれたらいいのに・・・
と思いますが
あれが出来ない・これが出来ない
頑張りが足りない
日本語ができないから全体に伸びない
なんて言われ続けましたね
ほかの教科は
テスト
小テスト
提出物
授業態度
という項目で評価するので
頑張れば評価されるのですが
頑張っても無理って
中一から中三まで国語の先生は変わらなかったので
本当に苦しかっただろうと思います
それでも健気でした
国語の補習に塾に行かせました
そうやって頑張っています
というと
塾に行かないでも,出来る人はいるよ

真面目にやっていることを見て欲しかっただけなんですが。。。
3年間否定され続けて
娘ちゃんは
「私は性格が歪んでしまった」
と言いました
息子くんは
先生には最低限の返事しかしなくなりました
でも
ぐれることもなく
一生懸命生きていました
私もだんだん視野が狭くなりそうになりましたが
そんなときに
先輩のママたちが救ってくれました
「大学入試にカタカナの書き取りなんてないから
 カタカナ書けなくても、大学には行けるのよ~」
「大人になったら、パソコンが漢字を書いてくれるのよ
 今だけ今だけ!」
「中学生くらいの勉強なんて、能力じゃなくて、ただ性格よ~」
「やっぱり近道はないのね~、楽したいんだけど・・・」
なんてね
ちょっと見方を変えると違ったものが見えます
母までが出来ないことを数えてはいけないな
自分の子がどんなキャラクターなのか
冷静に見てあげるのがいいな
って思いました
そう
高校にいくと
点数と提出物のみでの評価で
やれば国語で「5」なんて取れますから
もちろん
模試になると実力がバレテしまいますが
高校生になって気分が楽になりました
母子共々ね
何なのでしょうね
中学校って
先生との出会いに恵まれなかっただけかな
今思い出しても、とても辛く感じます
でも
習い事の先生や近所のおばちゃん
塾のアルバイトのお姉さん
みんな大切にしてくれました
よく見てくれました
声かけてくれました
良いところは良いと言ってくれました
こういうことやってみたら?って
誘ってくれたり
アイデアくれたり
学校以外に良い出会いがありました
感謝・感謝♪
捨てる神あれば、拾う神あり
信じて
コツコツやるしかないものです
いつか拾われます

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-28 21:03

言葉の変 #3

息子くんは
幼き時代とてもおおらかで素直でしたが
そのために行き詰ったようで
少し無口になっていきました
それでも
根からの好奇心と形変わったおおらかさで
家族内では素直に発言しているのでした
「お母さん、たんぽこの花が咲いていたよ」
ああ、それはたんぽぽ
「お母さん、『まぶしい』って『貧困』って言う意味だよね」
ええっ?!
それは「まずしい」だろ
「お母さん、テストとかで、適当な答えを書けっていうけどさ
 書いても書いても〇にならないんだよね」
おいおい
その「適当」とは「当てはまる」というもので
いい加減に書いて良いではないんだよ。。。
分からないと思ったら調べようよ
辞書をひこうよ
確かに面白い
面白すぎる
しかし
徐々に受験が迫ると
笑ってはいられない
さすがに本人も少しは言葉を知ろうという姿勢を見せる
ニュースを見ては質問
「お母さん、『最寄駅』って何県にあるの?」
「北の方」
「ああ、そうか~」
「いや、冗談だから!!」
「?」
「最上川の近くじゃないんだよ~。nearest sataion」
「ふ~ん」
ふ~んじゃない!
昼間は笑っていても
夜になると眠れないほど
未来に不安を感じるのでした

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-27 08:14

言葉の変 #2

息子くんは
幼き時代とてもおおらかで素直だったので
思ったことを
恐れず発信しておりました
アメリカでは
自分の言葉で自分の考えたことを述べるということを大切にします
本に書いてあること
ネットで調べたことを述べることはNGです
正解がないような質問が多いのです
そんな教育を受けたこともあり
英語の影響も残り
息子くんの表現は詩人のようでした
英語でブランコは乗るものではなくスイングするものなので
「ブランコを揺らそうよ」
カメレオンが体の色を変えるのをカモフラージュと
ミス・エドワーズに教えてもらったので
紅葉を見て
「葉っぱがカモフラージュ!」
妙に発音がアメリカン
地下階にいることを土の下
undergroudだと言うし
分からないことは質問
いつも発言を求めて挙手しておりました
本人は立派に日本語を話しているつもりですが
先生は
「日本語が話せない子」
お友だちは
「変な日本語」
と言っていました
みんな親切でした
優しかった
でも
クスクス笑われたり
「がんばれ~」
と声をかけたり
上から目線は否めない
子供というのは、とても誇り高い
そして
男の子は序列を気にするところもあって
息子くんには居心地の悪い小学生時代でした
「ボクはあまり話さない方が良いと思う。。。」
そう言って
無口になっていくのでした

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-26 11:37

言葉の変 #1

息子くんは
幼き時代とてもおおらかで素直だったので
思ったことを
恐れずに口にする子供でした
関西の実家に行ったときに
公園で棒登りをしていて
同じくらいの年齢の子に
「どうやったらええん?」
ときかれて
「足は蝉のおしりのようにするの!」
と言っていました
関西アクセントではない上に
蝉のお尻のように足を使うと言われてもね~
「おまえのことば、ヘン!」
と言われて
「せっかく教えてあげたのに。。。」
とがっかりしておりました
そんな頃にアメリカへ行ってしまったのですが
「ぼくもテカポー欲しい」
と言うのです
なんだそれは?
テカポーって何?
半年以上経って
クラスを参観していたときに分かりました
先生がプリントを入れるホルダーを手にしていました
クリアファイルを紙製にしたようなものです
家庭で用意する学用品のリストにはなかったので
持たせていなかったのですが
そこに先生からのプリントやお手紙を入れるようです
そして
Take your home
と言うのです
テイク・ユア・ホーム
これが
アメリカンな発音だと
確かに聞こえないこともない
テカポー
I need my 'take your home' ってわけです
言葉が追いつかない~
と思ったりしましたが
「holderって言うんだよ、それ」
「うん、そう、あのテカポー買って~」
「だからホ・ル・ダー!!」
「うんテカポー」
物をゲットしたいという欲があっても
そのものの名前はどうでも良いみたいです
言葉への意識の低いお子でした
きっと
日本に居ようが
アメリカに居ようが
アフリカに居ようが
大差なかったようにも思います
「包んだヤツを食べたい」
小学3-4年生の頃もその調子でした
「いなり?」
「チャイニーズの」
「春巻き?」
「肉の入ったヤツ」
「餃子?」
「う~ん・・・」
「餃子で良い?」
「グリーンのおまめのせないで」
ああ、シウマイか。。。
そんな具合でしたから
幼少時に中途半端な時期に
中途半端な期間の海外生活は支障をきたす
そういう種のお子だったと
ずっと思っていました
今でもそう思います
その後も言葉で苦労することになるのでした

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-25 17:00

本当はそこにない失望感

海外にいると日本人の能力の高さを実感します
教えられたことをすぐに理解して
言われたことをすぐに実践できます
何でもきちっと仕上げることができるし
工夫もできます
理解力と技術・努力・工夫・協力
何をとっても世界一じゃないかと
本気でそう思えるのです
例えば
アメリカの小学校の授業で
体育はPE
physical education(フィジカル・エデュケーション)
というのがありますが
だらだらと走ったり
鬼ごっこやハンカチ落としくらいのお遊び
たまにドッジボールや縄跳びもしますが
水泳はありません
アメリカのオリンピック選手はアメリカ人じゃないのかもしれない。。。
と思うくらいヒドい
縄跳び1回飛ぶのもままならない
それほど体育が得意じゃない、うちのお子たちが
トップアスリートのようです
本当に不思議です
そして
日本に帰国すると更に思います
小学校3年生くらいにもなると
サッカーにしても
野球にしても
水泳にしても
ものすごい技術で
ちょっとした遊びでも仲間に入れないくらいです
日本人は平均点がとても高いのです
格差という言葉がありますが
アメリカで見た様子と比べたら
平均的にデキるのです
小さい時から
習い事で身につけているんですね
息子くんは
すっかりやる気を失いました
不憫でしたね
周囲の子供たちが
とてもたくさんのものを持っているように感じられます
お勉強
スポーツ
音楽
お友だち・・・
アメリカなんかに中途半端な期間いた所為で
うちのお子たちは
いろいろなものを逃してしまった。。。
損をした。。。
出遅れた。。。
そう思いました
そして
よ~い・ドン!なんだなと感じました
うちは
まだスタートラインにも立っていません
そんな風に感じました
今からじゃ、とてもじゃない
間に合わない
取り返せない
それが何だったか分からないし
知らないけれど
失ってしまったんじゃないかって
無いものを数えていました
焦りました
今なら
それが、ありもしないものだと
ただの皮算用ってものだったと分かるのですが
その時には分からなかった
本当に分かりませんでした

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-20 17:12

[『遊び』のススメ

こんなことを語るのは恥ずかしい
というか
勇気がいるのですが
最近
毎日思い浮かべます
地震・津波・原発・土砂災害・・・
避難している方々や転校した子供たち
いつ帰るか分からないけど
いずれ帰るだろう
いつか
いつだろう・・・
そんな状態は中途半端で苦しいです
そして
今も普通に転勤・転校している人たちも
毎日大変です
ときどき
しっかり遊んでください
もっと大変な人がいるのに・・・とか
もっと苦しい、もっと悲しい思いをしている人がいるのに・・・とか
こんなに大変なときに・・・とか
思わないで欲しいと思います
言わないで欲しいと思います
私は
引越しのたび
転校するたび
周囲の人たちに
全然大変そうじゃないね~とか
大変大変って言いつつ、遊んでいるじゃない~
遊んでいて、自分で大変にしているんじゃない~
なんて
言われることが多かったです
やりきれない思いです
傷ついた気分です
だって~
集中にはリラックス
頑張りには休憩
努力にはご褒美
気分転換に遊び
必要なことだと思います
見合うだけ
遊んだりサボったりしましょう!
そして思います
辛さ
苦しみ
悲しみ
痛みに
サイズはないと思います
大きさではない
深さでもない
と思います
あるのは『種類』
きりきり痛いとか
鈍痛とか
じ~んと痛いとか
ぐ~っと痛いとか
陣痛のように周期的に痛いとか
寒くなると痛いとか
はらはらと悲しい
重く悲しい
切るように悲しい
思い出したように悲しい・・・
人それぞれ
それを伝えることはとても難しい
同時に
それを理解するのはとても難しい
分かち合うのはもっと難しい
自分しか分からない
だからもっと悲しい
もっと苦しい
本当に痛い・・・
だから
他人の言うことは気にしない!
サボったらサボったで
あ~、サボっちゃったから
ちょっと一生懸命やらねば・・・と思うのが良い
遊びの中で気が付くこともある
そういう力をうまく使うのが良い
進もうと思うと自分の内側の気もちにフタをすることも必要だし
時には
目を閉じて自分の気もちに目を向けてあげないといけない
前を向くと足元が見えない
足元を見ると前が見えない
そんなジレンマも抱えます
現在が苦しい人
頑張って
一番難しいのが『遊び』です
でも
頑張って遊んでくださいね♪

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-19 11:39

『遊び』探し

引越しするたび
最初に考えることは
どうやってお子たちを遊ばせるか?
です
小さい時は
遊ばせている間に用事をしたいし
遊んで疲れれば、早く寝てくれますし
そうすれば、また片付けができる
母子共々ハッピーです
一番最初に
テレビはつながなくても
ビデオを観られるようしていました
お気に入りビデオです
公園を探し
児童館を下見
買い物とセットのコースをいくつか考えるのです
楽して、自分も楽しめるコースにしたいので
かなり一生懸命計画するのでした
幼稚園や小学校では
友だちと遊んで地域に溶け込んでいきますし
母にお友だちの親との繋がりをもたらしてくれます
母子一緒に楽しい時間ができます
中学年・高学年になってくると
遊びが人間関係をつくる場になり
集中のための気分転換になります
落ち着けば
お子たちが自分で友人をつくり
遊びを広めていきますが
最初の一歩には母も協力します
そして
時期を見極めて母は離れなければなりません
遊びは本当に大切なお仕事です
アメリカでその『遊び』を探すのは難しかったです
てっとり早く、簡単に楽しめることが見つからないんですね
遊園地は好きでないお子たちで
釣りをしようって言うと
本格的なものしかなくて
川や湖
一匹も何も釣れたことがありません
観光なんて子供は興味ないですしね
金魚すくいとか、釣り堀とか、放流してくれるところとかはありません
こちらは、それっぽいだけで良いんですけど・・・
近所でも
バスケットやローラーブレイドくらい
日本でいう町の小さな公園もないし
シャボン玉と水鉄砲で遊びましたかね
素朴でしょ?
それ以外は・・・
結局はテレビやビデオ・ゲームボーイになってしまいます
アメリカの放送で
ポケモンやデジモン・遊戯王・ジュウレンジャー・ドラゴンボール・セーラームーンなどやっていて
それを観ていましたね
そこで覚えた英単語は多かったです
おにぎりのことをドーナッツなんて英訳されていてお子たちと笑いました
アメリカ生活も二年目に入ると遊びに出かけるのも上手になり
スミスフィールドに越してからは
近所の子供たちと走り回ったり、ごっこ遊びをしたり・・・
これも素朴でしょ?
楽しめるようになったのですが
『遊び』探しは難しかったです
そして
小学校3年生と6年生の後半で帰国
入居したマンションに同学年がとても多くて驚きました
聞くところによると
マンションが完成したのが3年半前
小学校入学を機に住居を購入した人が多いという
世間の皆様は
そのように子育ての計画を立てるものなのか・・・
と感心したのを覚えています
てんてんと転勤をしていたので
そんなことは考えたことがなかったのです
何だか
ごく普通のことをしてあげられないヒドい親になった気分になりました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-18 14:58

現地校と日本人学校と日本語補習校

大変なのになぜ現地校に通わせたの?
日本人学校に行かせれば良いのに・・・
って
思いますか?
そう言われます
よく。。。
あまり知られていないのですが
アメリカに日本人学校は3校です
ロス・シカゴ・ニューヨークです
東海岸南部にはありません
それでも
大きな都市なら大手の塾などがあるかも知れませんが
何もないところでした
土曜日の午前中のみの補習校というのがありますが
これは企業が資金を出して運営するもので
一定人数を超えると
日本から校長が派遣され
たぶん補助金もあるのではないかな・・・というものです
教員免許を持っている先生はほとんどおらず
州立大学に留学している日本人学生がアルバイトで教えに来ていたり
誰かのお母さんだったり
です
なので
97ページの5行目に気もちが書いてあるじゃん?
なんてお姉ちゃん先生がおっしゃいます
それでもありがたいものです
同じ年のお友だちとひととき日本語で過ごせるのですから
お友だちの中には
アメリカ人と結婚した方のお子たちもいます
わざわざ日本語も勉強させようというアメリカ人は
日本で働いたことがあるとか
日本語がかなり上手だったりしますね
自分の知らない言葉で会話されるのを嫌がる親も多いですから
相方に理解がないと補習校には来られません
以前は
入学を断られたようです
日本からの駐在員家庭の為の機関だと言われたそうです
バブル崩壊後
日本人が減って
人数を減らしたくない補習校から声がかかったということです
そうやって日本語を勉強したいという子は本当に一生懸命でしたね
現地校の勉強や宿題も多いし
土曜日を日本語補習校に費やし
漢字の宿題も出ます
両方をちゃんとやるのはお子たち
そして
ちゃんとやらせるのは母
それはそれはお互いに忍耐と思慮が必要な作業です
現地校にも補習校にも慣れないうちのお子たちには
とてもハードワークでした
決して
呑気に遊びほうけていたわけではありません
いや
よくがんばったなと思っています
台湾人とか
韓国人
ギリシア人
そういった知り合いのお子たちは
親の母国語を勉強しに学校に通うってことはなかったですね
遊べないからイヤだって
やめちゃったよ
そう言っていました
なので母国語しかしゃべられないおばあちゃまと現地校で英語しか勉強していない孫
会話ができないという問題が起きているんだとも
ドイツ人と日本人は補習校に通って勉強するんです
足りないことは分かっていますが
けなされるような
非難されるような生活態度ではないです
でも
日本ではそう思われるんですよね
親の勝手でアメリカの教育を受けて・・・って
そういう先生が多いこと!
副校長や教育委員会の人も。。。
理解されないって疲れる~
転校生もマイノリティ
てんてんとした転校生はもっとマイノリティ
てんてんとしていた帰国子女の転校生は相当マイノリティ
どんどんマイノリティになってしまいました
だから時間が欲しかったです
私の印象では
2-3年なら日本語学校へ行かせる
5年前後であれば現地校との両立でも何とかやっていける
それ以上ならアメリカで進学して
日本へ留学するというくらいに腹をくくる
それが良いと思う
うちの場合は5年と聞いていたのですが

9.11のテロとオフィスの移動という想定外の事柄で
帰国が決まったという次第です
ああ
何をしに来たんだろう?
って思いました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-16 23:10

ボランティア♪

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アメリカ現地小学校ではいろいろなイベントがあって
その度に親たちがボランティアとして参加します
Mile Runって1 Mile走ってタイムを記録したり
遠足の付添だったり
低学年だと
クリスマスの飾りを作るとか
歌の発表会とか
Sports Dayと称して簡単なゲームをするとか
お楽しみ会でTーシャツを染めたり・・・
内容もあまりわからず
英語もちゃんと喋れないのに
ほぼ全部ボランティアで参加しました
ドキドキしつつ・・・
やめておけば良かったと思いつつ・・・
お子たちが不安や困難の中で
一人で教室に入って行くのです
勇気を振り絞って
母だけ家で引きこもっていてはマズイかなと思いましてね
同じように不安や恐れを感じるべきだし
そこで何とかやっていく姿を見せてあげるべきだろう
と健気にも思いましてね
案の定
あんな失敗こんな間違い・・・
お子たちにもそれを話しました
ちゃんと母の気もちはお子たちに届きますね
そして
アメリカ人のママたちは
出来やしないのに。。。
って思っていたでしょうね
いちいち説明してやらないといけないのは面倒だわ。。。
ってうんざりしていたかも知れませんね
自分でも
出来もしないのに
よく参加し続けますなぁ~あ・た・しって思ったものです
でも
ボランティアのママさんたちは根気よく付き合ってくれました
物の名前からして分からなかったりするのですから
例えば
highlighter
highもlighterも知っているけれど
highlighterが分かりませんでした
蛍光ペンなんですね
私は
ハイパワーで、嵐の中でも消えないライターか
Zippoみたいな。。。
と思いました
正直にママたちに言うと
涙を流しながら笑ってくれました
教えてもらったら
ああ~そうだ~
と分かったりしますけどね
washable pen
erasable pen
pen
pencile
忘れてしまったけど
赤と青2色1本になった色鉛筆とか
消しゴム付き鉛筆とか
細かくいろいろあって
それを全部用意するとなると
訳が分からくなる
最近では日本でもあるけれど
消せるペンなんてペンの意味ないじゃん!って思うでしょ?
そういうことも
あっぷあっぷしながら言うと
スーパーの棚の絵まで書いて説明してくれましたね
そして数字
誰でもone・two・threeなん知っていますが
10を超えていくと
頭の中ではいち・に・さん・・・でしか数えられなかったりします
ストップウォッチでタイムを読み上げるのも
とっさに出来ないんですよ
そんな簡単な英語も知らんのかって顔されて恥ずかしかったです
なかなか分かってはもらえませんが・・・
それでも
アメリカ人のママたちは
何か参加しようとしたり
やろうとしたり
伝えようとしたら
必ず聞いてくれて
見てくれて
理解しようとしてくれました
その根気良さは凄いです
そして子供たち
ちょっとリボンを結びなおしてあげるだけで
ありがとう、あなたにやってもらって嬉しい
みたいなことを言ってくれるのです
なんて嬉しいコトを言ってくれるんでしょう!
みんな
ボランティアをやりなれているし
ボランティアされなれているんですね
やってあげることも上手だけれど
受け取り上手です
喜ぶのも上手です
これは本当に目が覚める思いでした
してあげるのは簡単にできるのですが
してもらうのは
自分が下に感じられたり
重荷に思えたりしますよね
でも
いろいろ手伝ってもらったり
助けてもらって
初めて手伝い方が分かります
嬉しかったことはやってあげられます
そういうものだな~
そして
私のように
ボランティアに行って
ボランティアされたようなボランティアも
正解なのだと思います
小さな子供に助けられたり
救われたり
それも大切なことなんだと思います
そんな話も
お子たちとしました
やってみたら
いろいろ分かるものですね
と同時に
いろいろ知らないものですね~

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2011-09-15 16:01