てんてん転校生

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往復書簡 #1

「往復書簡」
 湊 かなえ

を読みました
幼なじみだったり
同級生だったり
転校生だったり
友だちとのやりとり
先生と生徒のやりとり
言葉が行ったり来たりするのです
友だちが見ている自分と自分が見ている自分
自分が見ている友だちと友だちが見ている友だち自身
ギャップがあるのは当然だけれど
毎日会う人や
一緒に何かをやっていたり
長い付き合いの人
波長の合う人だと
心の揺れや秘密を嗅ぎ取って
察してあげることができたり
より深く分かち合えたりできる
それは素晴らしいことで
誇らしくもあり
とても嬉しい
ただ
そこには
見えているつもり・・・という浅はかさ
知っているはず・・・という怠慢
自分なら分かっていて当然…という傲慢
そんな落とし穴もある
時間を経てから話すと
相手の思いは全然違っていたり
自分は気が付いていなかったり
見えていなかったり
お互い傷つけあっていたし
傷つけていたことに傷ついた
そういう経験があります
喜んだり、怒ったり、悲しかったり
とても消耗して
辛いと思ったけれど
お子たちが
来るもの拒まず、去るもの追わず・・・
さらっとしてる
というか
傷つかないように
ぶつからないように
面倒なことになりそうになると避けたり
上辺だけの話しかせず
心を開かず、見せず
自分の心の中も見ないように生きているようで
かわいそうに思えるのです
不思議です
「十年後の卒業文集」
の往復書簡には
棘や毒、汚物までの買ったような言葉も散りばめられています

同時に愛着や懐古、絆もふりかけられています
友だち同士だけじゃなく
親子や夫婦
人間同士の繋がりってそういうものなのかな
と思いました
良いところも悪いところも
きれいなところも醜いところも
すべて含めて離れがたい
それが縁あって出会った人たち
良い思い出も嫌な思い出も忘れることは出来ない
短い付き合いも長い付き合いも関係なくて
みんな縁あって出会った人たち
そんなことを
思い出させてもらいました

つづく・・・
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by cosi-e-cosi | 2012-09-08 00:33